クレショフ効果というものをご存知でしょうか? これは映画の古典的にして決定的な技法の一つで、旧ソ連のクレショフなる人物が有名な「クレショフの実験」によって発見・証明したものです。
どのような実験かというと、まず無表情な男の顔写真を一枚用意し、その前にスープ皿、棺桶、エロい女性の3枚の写真をそれぞれ連続させる、つまり「スープ皿→男の顔」「棺桶→男の顔」「エロい女性→男の顔」の三種類の連続ショットを作成し、被験者たちに見せたわけです。その実験でクレショフが確認したのは、3種の連続ショットに於ける男の表情に被験者たちがそれぞれ何を感じとったのか、結果はそれぞれ「空腹」「悲しみ」「欲望」でした。肝要なのは、被験者たちが男の同一の表情(同じ写真)に三つのまるで異なる意味を見出したこと、実は被験者たちの多くは男の写真がすべて同じであることにすら気が付かなかったそうです。ショットの連続体である映画に於いては、前後のショットとの関連付けによって或る一つのショットの意味がまるで変わってしまう、映画最大のトリックの一つです。
例えば、一部に於いて前田敦子さんの「演技」が絶賛されているAKB48の最新PV、特に彼女の絶妙な表情を褒める声が多く「演技派女優の誕生ダ!」などと大真面目に煽る輩すらいます。しかし、その表情、よくよく見ると彼女がバラエティ番組の類で時折見せる、ファンの間ですら評判の悪い「仏頂面」と大差ないようにも見えてきます。もし仮に、彼女が明確な演技プランを元にその表情を作り出したのならなるほど大したものなのですが、しかし、例えばそれが「撮影ツマンネー」と内心思っていた彼女の退屈が表情に顕れたに過ぎないものならば、評価されるべきはそれを巧みに切り取りクレショフ効果によって物語の内部に取り込んだ監督の仕事、このPVの監督は素人同然の柳楽優弥をカンヌ映画祭で「最優秀男優賞」に導いたのと同じ人、私が何を言いたいのか、あとはご想像にお任せします。あ、申し遅れましたが、映画とAKB48に何故か詳しいそんな私は品川ラズベリーで責任者を勤めさせていただいているものです。
この商売で重要なものの一つが女の子の宣材写真、基本的に店舗スタッフがその撮影に携わるシンデレラFCグループではその技術向上に関する様々な意見交換が活発に行われています。そんな中で私がフト思ったのが、このクレショフ効果を何らかのカタチで活かせないものかということ。撮影に於いてはポージングもさることなら、やはり女の子の表情が重要となるのですが、素人娘たちにこれを「作らせる」のはなかなか難しい作業です。ならば、仏頂面にもそれなりの意味を持たせてしまう第三の何かをそこに介在させてしまう、我ながら悪くない発想だと思っているのですが、いつまで経ってもその「何か」を見い出せないでいます。ショットの連続を何で代替させるのか、あるいはマウスオーバー等による画像の切り替りで文字通りクレショフ効果を試してみるのか…、そんな実の伴わない無意味な思考がひたすらに時間を圧迫している、それが最近の私なのかも知れません。
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この仕事は熟熟も泥臭いなぁと。親も友達も知らない彼女の秘密を何故か私だけが知っている。誰にも言えない彼女や彼女や彼女の秘密が知らない間に私の中に流れ込んで蓄積されている。正直に言えば、最近はそんな状況に吐気すら覚えてしまいます。そして、そんな蓄積された秘密の一端がどこかで解れてしまうと、それがまた面倒な「仕事」を要請してしまう…。
その視線の遠い先に何があるのかを知っている私の目には、そこに笑顔を捉えたはずの宣材写真の彼女らの表情がとても悲しげに見えてしまう瞬間があります。これも一つのクレショフ効果かな、と。